最高裁判所第二小法廷 昭和57年(行ツ)15号 判決 1982年11月12日
上告人
株式会社月の友の会
右代表者
中村重夫
右訴訟代理人
馬瀬文夫
福井秀夫
山上和則
同
佐藤正年
木村三朗
被上告人
株式会社 京都西川
右代表者
吉川四郎
右訴訟代理人
小野昌延
村林隆一
同
上林輝治
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人馬瀬文夫、同福井秀夫、同山上和則、同佐藤正年、同木村三朗の上告理由第一点について
株式会社の商号は商標法四条一項八号にいう「他人の名称」に該当し、株式会社の商号から株式会社なる文字を除いた部分は同号にいう「他人の名称の略称」に該当するものと解すべきであつて、登録を受けようとする商標が他人たる株式会社の商号から株式会社なる文字を除いた略称を含むものである場合には、その商標は、右略称が他人たる株式会社を表示するものとして「著名」であるときに限り登録を受けることができないものと解するのが相当である。ところで、被上告人が登録を受けた「月の友の会」なる商標は、上告人の商号である「株式会社月の友の会」から株式会社なる文字を除いた部分と同一のものであり、他人の名称の略称からなる商標にほかならないのであつて、被上告人がその登録を受けることができないのは、「月の友の会」が上告人を表示するものとして著名であるときに限られるものというべきである。以上と同趣旨の原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の大審院判例は、「他人ノ商号ヲ有スル商標」は登録を受けることができない旨規定するにとどまり、他人の商号の略称を含む商標についてはなんら規定していなかつた旧商標法(大正一〇年法律第九九号)のもとにおける判例であつて、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。
同第二点について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、「月の友の会」が商標法四条一項八号にいう「他人の名称の著名な略称」に該当しないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第三点及び第四点について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係のもとにおいて、本件商標は商漂法四条一項一五号及び一六号に違反して登録されたものであるとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、いずれも採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(木下忠良 鹽野宜慶 宮﨑梧一 大橋進 牧圭次)
上告代理人馬瀬文夫、同福井秀夫、同山上和則、同佐藤正年、同木村三朗の上告理由
第一 上告理由第一点
上告人は、原審において、上告人の正式の商号は「株式会社月の友の会」であるが、株式会社は会社の法律上の組織を示す一般的名称であつて、商号としての要部は「月の友の会」である。ゆえに、本件(登録第六六四三四六号)商標は、上告人の名称と同一であり、商標法第四条第一項第八号にいう「他人の氏名若しくは名称」を「含む商標」である、と主張し、その理論的根拠として、大審院昭和一六年(オ)第一一七六号同一七年六月一九日民集二一巻一三号六九九頁の判決を引用した(原判決原本七丁裏末行以下)。
しかるに原判決は、「右判決は昭和三四年法律第一二七号をもつて改正された大正一〇年法律第九九号商標法(以下「旧法」という。)適用下のものであつて、本件には適切でなく、原告(注。上告人)の右主張は採用しない」と述べ(同三二丁表一行目以下)、現行法の下においては、商標法第四条第一項第八号の「規定でいう『他人の……名称』とは、本件原告(注。上告人)の場合『株式会社月の友の会』であって、単なる『月の友の会』ではない。このことは、右条文が自然人の場合については『氏名』と規定していることと対比すれば明らかである。」と判示して、上告人の主張を却け、上告人の請求を棄却した(同三一丁裏四行目以下)。
しかしながら、原判決は、商標法の解釈を誤り、従来の判例に抵触するものであつて、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。
そもそも商号又は商標が他人の商号と同一性を有するか否かを判断するにあたつては、社会通念に照らし、客観的にその外観又は称呼につき両者を比較対照して判断すべきである。そして上告人の商号「株式会社月の友の会」中、「株式会社」は会社の組織を示す一般的名称であるから、商号としての要部は「月の友の会」にあり、しかも、本件商標登録出願前から、上告人自身「月の友の会」と名乗り、石川県下の世人及び被上告人を含めて国内の上告人の取引先もまた、一般に上告人を「月の友の会」と表示又は呼称していることは、原審において既に主張立証したとおりであるから、本件商標「月の友の会」は原告の商号と同一性があると認めるべきである。このことは、大審院昭和一六年(オ)第一一七六号同一七年六月一九日言渡の判例(民集二一巻一三号六九九頁)の示すとおりである。そして、この理は、旧法第二条第一項第五号の解釈においても、現行法第四条第一項第八号の解釈においても、変わるところがないはずである。
原判決は、右大審院判決は旧法適用下のものであつて、本件には適切でない、と判断したが、右大審院判例の趣旨は、特許庁及び東京高等裁判所により、現行法施行後に出願された商標に関する審判決においても引き続き認められている。すなわち、右大審院の判例は、現行法においてもそのまま引きつがれているのであり、これが従来の判例であるといえるのである。
右大審院の判例と同旨の特許庁の審決の要旨、及び右に引用した東京高等裁判所の判例(昭和五二年(行ケ)七〇号同年一二月二二日言渡審決取消判例集昭和五二年五九一頁)の要旨は次のとおりである。
原告(審判被請求人)は、第二六類、印刷物(文房具類に属するものを除く。)、書画、彫刻、写真、これらの附属品を指定商品とする「日本美容医学研究会」という登録第五九五九五一号商標(以下「本件商標」という。)について商標権(昭和三六年三月二九日登録出願、同三七年八月二七日登録、同四七年一二月二〇日存続期間更新登録)を有していた。これに対して被告(審判請求人)は、「本件商標は請求人(被告)の名称(財団法人日本美容医学研究会)と同一性を有するのに何ら請求人(被告)の許諾を得ていないから無効である」と主張して、本件商標の商標登録を無効にすることにつき特許庁に審判を請求した。原告(審判被請求人)はこれに対し、「本件商標は請求人(被告)の略称でこそあれ、名称には当らない。」と主張して争つたが、特許庁は、「商取引の実際に当つては、取扱いの商品に自己の名称(商号)を付することは普通に行われているところであり、その場合には『株式会社』とか『財団法人』のような法人の種類を表わす文字を省略して表示することも極めて普通に行われている。そして請求人は『財団法人日本美容医学研究会』なる名称によつて昭和二四年五月三一日に法人設立の許可がされ、同年六月一八日に登録されている。したがつて、本件商標をその指定商品について使用されると、これに接する者は前記のような商取引の実情にてらし、一見して特定人の名称として理解されるものとみられる。してみれば、本件商標は社会通念上、請求人の名称を表示したものというほかなく、かつ被請求人は請求人の承諾を得ていないことも明らかである。よつて、本件商標は商標法第四条第一項第八号に違反して登録されたものであつて、無効としなければならない。」という理由で、無効の審決をした。
原告は右審決を不服として東京高等裁判所に審決取消請求訴訟を提起した。これに対し、東京高等裁判所は、「被告は昭和二四年五月三一日に基礎医学と人体美学に立脚して美容医学を確立するために科学的総合研究を行つて美容と医学の進歩発達を図る目的のもとに設立された財団法人であつて、登記簿上の名称は『財団法人日本美容医学研究会』であることが認められる。そして、同乙第二号証と弁論の全趣旨によれば、前記のような法人の名称のうち、『財団法人』の部分は、『有限会社』『株式会社』などと同様に、一般取引者保護のために法人の種類を示すよう法律上要求されているに過ぎず、その団体もしくは社会的存在としての特定に必要不可欠な要部は、その部分を除いた『日本美容医学研究会』であること、したがつて日常生活において他の団体もしくは社会的存在から区別するために、特定の必要上称呼する場合には、『財団法人』という法人の種類を示す部分を省いて『日本美容医学研究会』と呼ぶ場合が多いこと、そしてまた『日本美容医学研究会』は前記認定のような少なくとも美容医学の研究団体としての被告を指すものと一般の人に理解されていると推認するに難くはない。そうすると、本件商標は商標法第四条第一項第八号にいう他人の名称を含む商標に当るといわなければならぬ。」という理由を挙げて、原告の請求を棄却したのである。
右大審院の判例、並びにこの判例理論を追認した特許庁の審決及び東京高等裁判所の判決理論は極めて正当であり、この理論が従来の判例である。しかるに原判決が、右大審院の判例は現行法の下では妥当しないと論じて上告人の請求を棄却したのは、従来の判例に抵触し、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があるといわねばならぬ。ゆえに、原判決は破棄せらるべきである。<以下、省略>